本は何度も読み返す!読書は冊数よりも再読が重要

ツイッターを眺めていたところ、本を一度しか読まないという人がいて驚きました。ネット上にはいろいろな人がいるとは思いますが、まさか読書家を自認しながら本を再読しない人がいるとは夢にも思いませんでした。ある種の盲点です。

買って読んでは見たものの、つまらなかったり自分に合わなかったりした小説ならば再読しないこともあります。しかし気に入った本についても再読しないというのは、私には理解できませんでした。

非常に驚いたので、この記事では読書にとっていかに再読が重要なのかについて語ってみたいと思います。

一度の読書では内容を記憶できない

最初に書きましたが、私はどんな本でも一度しか読まないという意見を聞いて驚きました。なぜなら人間は、一度読んだだけで本の内容を記憶できるようにはできていないからです。

よほどインプット時に工夫しているならわかります。本を加工して問題集化したり、要点をノートにまとめておいたりと、何らかの再読以上に有効なテクニックを利用しているならまだわかります。再読しなくてもいいようにする特別な方法を行っているならば、たしかに問題ないのかもしれません。しかしそうでないのであれば、再読しないのはデメリットが大きいと思います。

一読しただけでは「内容が頭に残らない」のです。

おそらく再読しない人は、読んだ本の内容について他人から質問されたとしても、答えることができないのではないでしょうか。

「ちょっと前に読んだ本だから仕方がない」と開き直る人もいるかもしれません。しかし再読習慣のある読書家の場合、質問したほうが驚くほどに詳しく内容を記憶しているものです。読んだ本の内容を忘れるのは「当然」ではなくて、やり方がまずいからなのですね。

全体像を理解してから細部へ

繰り返しますが、本は同じ本を何度も読み返さなければなりません。普通の人にとって一度読んだだけで内容を把握することは著しく困難だからです。

では、なぜ一度読むだけでは内容が頭に残らないのでしょうか?

これは人間の認知機能の特徴が原因です。人間は全体像を把握してからでなければ細部まで理解を及ぼすことができない、もしくは理解が著しく困難になるようにできているのです。

未知の内容の本を最初に読む場合、読み手はまだ全体像が把握できていません。そのため個々の部分に込められた情報がうまく伝わってこないのです。

これはスピーチやプレゼンテーションなどでも同じですよね。最初にアウトラインを話してから詳細に入るのが基本です。これができていない場合、聴衆に内容がうまく伝わりません。プレゼンの着地点が見えないために、個々のデータや説明が何のために提示されているのかがわからないからです。読書の場合もこれと全く同じことが起こっています。

よって新しい本を読む場合、まずは全体像を把握しなければ理解がおぼつきません。読書家はこのことをよく知っており、大抵は目次や見出し、前書きや後書きを読んで全体像を把握してから本文に入ります。その方が理解度が高まるからです(実用書や専門書の場合です。小説の場合は含みません)。しかしそういうテクニックを駆使しても、やはり通読ほど全体像把握がうまくいく方法はありません。だから多くの読書家は同じ本を繰り返し読むのですね。

このことは特に専門書などの難解な書物を読んだことがある人なら理解できると思います。一度目は内容がよくわからなくて文字面を追うだけになってもいいので、とにかく一度通読してしまう。すると2回目以降は急激に理解できる箇所が増えていきます。繰り返すたびに腑に落ちる箇所が増えていくので、自分の成長が実感できます。すると難解だった本を読むのがどんどん楽しくなっていきます。

読書ってそういうものなのです。

ミステリーなどの小説は再読するごとに楽しめる

ここまでは専門書や実用書のような本を念頭に置いて来ましたが、実は小説の場合も事情は変わりません。

一度目に読む場合は理解度が低くなりがちで、その本の本当の良さや面白さを理解できないのです。

このことは、自分の過去の読書経験や学校の国語の授業などを思い出せばすぐに納得できるはずです。一度目に読む場合と二度目に読む場合では明らかに内容の吸収率が違っていたことでしょう。理解の深さもまったく違ってきたはずです。通常の読書でも事情は同じなのですね。

小説の場合は一度目にしか味わえない感動もあるとは思います。初見だからこそ効果的な文学上の仕掛けもあるからです。ミステリーなどは特にそうかも知れません。

そうした「一度目は読者の理解度が低いことを見越して繰り出された仕掛け」はたしかに素晴らしいです。しかし、本の面白さはそこだけにあるわけではありません。そうした仕掛けを味わってから、改めて伏線を確認するような読み方もあります。1冊の本で2度美味しいわけです。おそらくミステリマニアはごく自然にそういう読み方をしているかと思います。

情報収集のための読書なら再読は必須

情報収集のために読書をしているので、とにかく冊数を増やすことを目的に読んでいる、という人も中にはいるかもしれません。

しかし一度しか読まないのであれば、その情報収集がうまくいってるとはとても思えません。内容について覚えていないのでは読んだ意味がないからです。

確かに読了数が増えれば満足度は上がります。「これだけの本を読んできたんだ」という達成感だけは得られるでしょう。しかし内容は頭に入っていません。それに何の意味があるのでしょうか。甚だ疑問です。まあ、自己肯定感だとか自己効力感をあげるためにそうした手段をとっているのであればわからなくもないのですが、情報収集目的にはそぐわない読み方だと思います。

情報収集で重要なのは冊数を読むことではなく、読んだ本の内容を咀嚼して知識量を最大化することではないでしょうか。

そうであるなら、なおさら読書の冊数を追求するのではなく、読んだ本の知識の定着を重視するべきです。

おそらく再読しない人はメタ認知能力が弱いのではないでしょうか。自分の記憶をモニタリングする能力が低いのではないでしょうか。読んだ本の内容のうち、どれだけが頭の中に残っているのか冷静にモニタリングすることができていない、だから収穫物の少なさに気づかないのです。