『アフォーダンス 新しい認知の理論』

『アフォーダンス 新しい認知の理論』を読み終えた。
本書は岩波科学ライブラリーの中の一冊で、著者は日本におけるこの分野の権威である佐々木正人。

アフォーダンス-新しい認知の理論 (岩波科学ライブラリー (12))
アフォーダンス-新しい認知の理論 (岩波科学ライブラリー (12))

アフォーダンスとは、環境が動物に提供する価値のこと。これは「その動物にとっての環境の性質」なので、事物の物理的な性質とは違う。
とはいえ、これは知覚者の主観とも異なる。なぜなら、知覚者の主観が関わるとはいえ、あくまで環境の方にある性質だからだ。物理的性質ではないが、完全な主観的情報でもない。要するに、「動物との関係として定義される環境の性質」なのだ。

ギブソンのアフォーダンスの理論については前々から名前こそ知っていたが、彼がどのような研究を経てそのアイデアにたどり着いたのかという脈絡がわからず、突拍子もない見解のように思っていた。
しかし、視覚研究において従来の定説では説明できない現象を説明するという研究の脈絡を説明されて、ようやくアフォーダンスの理論が腑に落ちたように思う。
特に、いままでは「環境から直接情報を受け取る」という主張の意義がわからなかったのだが、これが伝統的な「受動的な感覚刺激→中枢での情報処理」モデルへの批判として提出されたことを知り、その利点などがかなり明確になった。

さらに、私が今までアフォーダンス理論について腑に落ちなさを感じていた原因も特定できた。どうやら「刺激」という言葉は、私が漠然と考えていたよりもずっと狭い意味で使われているらしい。そのせいでアフォーダンスの意義がわからなかったというのもあるようだ。

アフォーダンスは「刺激―反応」でもなければ、刺激が何らかの過程を経て意味を獲得した記号でもない。アフォーダンスは刺激と違って、何らかの反応を引き起こす必要などない(現実化とは無関係な「可能性」のようなもの)。記号とは違って、意味獲得のために特定の反応と対にして提示される必要もない(ただし、この理解だと、意味は言語的なものではないことになりそうだ。というのも、言語的なものならば、アフォーダンスの意味を定義するのに反応との関係を前提せざるを得ないはずだから。まあ、人間が言語獲得以前から環境の中で知覚し行動していることや、あらゆる生物にアフォーダンスが想定されていることを考えると、ここで言う「意味=情報」が非言語的であることは当然かもしれないけど。その場合には、人間がいなくても情報が存在していることを認めることになる。)。
アフォーダンスは、刺激=受動的に押し付けられるものではなく、知覚者の探索行為によって発見されるものなのだ。

本書を読んでようやくアフォーダンスの概要と魅力が理解できたような気がする。入門書として定評があるのも納得の一冊。

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