藤原聖子『世界の教科書でよむ〈宗教〉』読書感想

藤原聖子『世界の教科書でよむ〈宗教〉』という本を読みました。

ちくまプリマー新書から出ている宗教理解の入門書です。学問としての宗教学の本ではありません。現実に外国で宗教がどのように教えられているのかを、その国の宗教の教科書を通じて見ていくというコンセプトですね。

最近は教科書から世界各国を読み解くコンセプトの本も増えてきた印象ですが、本書は比較的最初の方に出版されたものではないでしょうか(正確には調べていないので、記憶違いなどがありましたら申し訳ございません)。

「藤原聖子『世界の教科書でよむ〈宗教〉』読書感想」の続きを読む…

内田樹『寝ながら学べる構造主義』(文春新書) 読書感想

楽天koboのクーポンがあったので、内田樹『寝ながら学べる構造主義 (文春新書) 』を買って読んでみた。近所の図書館やブックオフには置いてないし、わざわざ新品を買う気も起こらなかったので、電子書籍で安く変えたのは良かったわ。

読んでみた感想としては、想像よりも良い本だということ。もちろん、色々なところで言われているように、これだけで構造主義について十分だと考えてはいけない。しかし、内田樹が考えるところの個々の思想家のエッセンスを豊富な実例を通じてわかりやすく把握することができる。少なくとも構造主義についての見通しはかなり良くなるのではないだろうか。あとはもう少し深い解説書なり入門書を読んでから、個々の思想家の著作を読んでいけば良いと思う。

個人的には、ヘーゲルやマルクス、ニーチェ、フロイトについて西洋思想を貫く自由で自律的な主体なる概念の解体過程として捉えて説明をしていたところに興味を持った。フロイトやラカンのエセ科学的言説がなぜ世間で評価されるのか不思議だったのだが、この文脈でならその重要性が理解できる。ここは素直に感心した。

まあ構造主義に対する主体解体のための思想という理解は、科学的方法論としての構造主義を高く評価するピアジェ『構造主義』あたりの立場からすれば、本質的なものではないのかもしれないが。

ともかく、フランス系の構造主義思想家および彼らに繋がる思想家について、具体例を豊富に用いてシンプルに解説した本書は広くおすすめできる新書だと思う。意欲があれば高校生でも比較的簡単に読めるのではないだろうか。

私も本書を読んでさらに他の本を読みたくなった。今まで嫌厭していたが、光文社古典新訳文庫から出ているニーチェやフロイトの著作も読んでみようかな(とここまで書いてから、大学生時代に購入したちくま学芸文庫のニーチェ全集11『善悪の彼岸 道徳の系譜』やフロイト『自我論集』が書棚の奥に眠っている事を思い出した。まずはこれを読んでみるべきか)。

『キリスト教文化の常識』石黒マリーローズ著 読書感想

石黒マリーローズ『キリスト教文化の常識』を読みました。講談社現代新書の中の一冊で、タイトルの通り世界中で広く信仰されているキリスト教の文化への影響について書いています。

キリスト教文化の常識 (講談社現代新書)
キリスト教文化の常識 (講談社現代新書)

著者はレバノン生まれのカトリック信徒ですね。本書も主にカトリックの観点から書かれていますが、一応カトリック以外の宗派についても説明がしてあります。カトリックとプロテスタントの違いがわからないという人はあまりいないと思いますが、プロテスタントの宗派の違いには無頓着な日本人がほとんどだと思います。本書はごく僅かですがその点についても触れているので、宗派内部でも違うんだなということを意識できます。

日本ではピンと来ないかもしれませんが、主要国のほとんどがキリスト教国である現在、海外の文化的背景について知るためには宗教の理解を避けて通ることができません。

これは一時期喧伝された「真の国際化」とかそういう話とはまた違う次元でも重要です。相手の行動指針のようなものを深く理解すれば、相手の出方を予想するなど競争的な場面でも優位に立つことができますし、共同して事にあたるようなケースでも無用な衝突を回避したり、より積極的に相手に強い印象を与えたりすることができます。つまり、キリスト教国と関係するときに重要な武器になるわけです。国際化=他国の模倣だと考えてこれに否定的な評価を下す人であっても、このような競争戦略上のメリット否定できないでしょう。

ですから、「国際化」やキリスト教に対するスタンスはどうあれ、我々日本人はもっとこの世界宗教についての理解を深めておく必要があると思うわけです。

そしてそういう側面から見ると、本書は類書で中々見られない日抜いところに手が行き届いているという印象の本です。あまり学問的にならず、エッセイのように気軽に読み通すことができます。

今でも根強く残っている人名や地名についての影響から、映画や文学でも頻繁に目にする宗教的なモチーフ、多くの人びとが従うライフサイクルや価値観など、その中で暮らしてきた人にしか書けないような切り口で、日本人にかけている理解を上手く補ってくれます。

体系的に書いていると言うよりは、ちょっとしたコラムの集積という感じで、気軽に読める読み物ですね。まさに新書という感じです。

個人的には慣用句に残る宗教的な言い回しなどが興味深かったです。あと聖人などについての情報が結構入ってたのも印象的でした。欧米人の名前にも影響が残ってるんですね。

元々私の知識が不足しているという側面もあるかもしれませんが、本書は多くの人にとって一読の価値がある本なのではないかと思います。

ところで、キリスト教についての情報を得たなら、今度はイスラム教についても学んでみたくなりますよね。ユダヤ教についてももっと知りたいですし。これくらい軽い気持ちで読めるざっくりした宗教関係の新書がないかどうか、ちょっと探してみたいと思います。

なお、日本人が意識しておくべき宗教関係の事項が書かれている新書としては、藤原聖子『世界の教科書でよむ〈宗教〉』 (ちくまプリマー新書)も読みやすくてお勧めです。世界の国々で宗教の授業にどんな教科書が使われているのかを調べ、そこから各国の宗教に対するスタンス(あるいは政治的なスタンス)を浮かび上がらせるというコンセプトの本で、日本では中々手に入らない情報があって面白かったです。

『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった』多賀敏行 読書感想

多賀敏行『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった』(新潮新書)を読了。誤訳を巡るエッセイだが、単なる英語誤訳の問題にかぎらず、日本人の思考様式の問題についても考えさせられた。

「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書)
「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書)

日本人が「ウサギ小屋」のような部屋に住んでいるという表現が出てくる文章が、実は原文フランス語から英語に直訳され、それを日本語訳したというものであって、「ウサギ小屋」という表現はフランス語の慣用句で集合住宅の意味だったのだそうな。

つまりこれは、「フランス語の慣用句を知らずに英語に直訳した文章を、ちゃんと原文に当たろうとしない日本人が英語の誤訳をそのまま持ち込んだために起こった誤解」ということになる。

なんというか、日本人の語学力云々以前の問題として、「ジャーナリストらが原文に当たろうとしない」「発言の孫引きを元にして印象論で語る」といった頭の悪い態度が問題なんだよなあと思った。

まあ、これについては英語に直訳した元記事の記者も悪かったわけだけど、その後に異論反論を新聞記事にするのであれば、やはり原文に当たり治すのは当然だろう。そこはジャーナリストとしての意識が低いと言わざるをえない。

マッカーサーの「日本は子ども」発言だって、政治的に連合軍と同じ位置(成熟度)にあったドイツが暴走したんだから日本が自由主義を受け入れたからって安心できないという批判に対して、いや日本はドイツとは前提が違うから彼らみたいに暴走しない、だから安心していいんだと批判者を納得させるために日本擁護の目的で発言しているわけだ。しかもそれは侮蔑的な意図ではなく「若いからこそ素直に自由主義を受け入れることができる」というポジティブな意味での発言であり、この文脈を無視して紹介するなんて日本のマスコミの質がいかに低かったかがわかる。

後年、吉田茂元首相も回顧録でこれが誤解であることをはっきり書いているのに、それをマスコミが報道しなかったというのは、結局のところ誤解を解く気がなかったということなのだろう。実にひどい話だが、事情は今の日本でも変わらないんだろうなと思う。

要するに、語学力の問題以前の、自分でものを考えないメンタリティが問題なのだろう。単純な誤訳の問題に還元されない、日本人の心性と密接に関連した根の深い問題だと思う。

まあ、私の以上の感想は、本書の内容を自分の興味関心に引きつけて書いているので、本書を読んで全く別のことを考える人もいるだろう。それはまったく自然なことだ。

なんといっても本書はあくまで誤訳に関わるエッセイなのだから、あくまで英語や語学についての感想を書くのが筋だろうと自分でも思った。

ただ、やはりこの問題には日本人の英語力に還元されない文脈を読む力、自分で物を考え検証する力が文化的に弱いことが根底にあるような気がする。

こういう問題意識は丸山真男が「日本の思想」において論じたことに通じるのではないかとも思う。まあ、ここまで書くと牽強付会に過ぎると怒られてしまいそうだがw

とりあえず本書は一人でも多くの日本人に読んでほしい。

ちなみに翻訳に関しては、こちらの記事で紹介した本が示唆に富む。

『翻訳とは何か 職業としての翻訳』

翻訳というテーマについて色々と思うところがあるので、そのうちまとめ記事でも作成しようか考え中。

『新・現代歴史学の名著 普遍から多様へ』 読書感想

樺山 紘一編『新・現代歴史学の名著 普遍から多様へ』(中公新書)を読了。

新・現代歴史学の名著―普遍から多様へ (中公新書)
新・現代歴史学の名著―普遍から多様へ (中公新書)

30年前に出た『現代歴史学の名著』の続編という位置づけ。タイトル通り、現代の歴史学を考える上で重要になってくる名著を取り上げ、その内容や影響を解説したブックガイドのようなもの。

前著と重複しないように選別したそうだが、それを踏まえても歴史学の興味関心の移り変わりが一目瞭然だ。

こういう名著の解説本のようなものに拒否反応を起こす人もいるが、それは使い方次第だろう。たとえば、何が読む価値のある古典なのかわからない人にとって、こういうリストはかなり役に立つ。本書は最前線で研究している学者が名著だと考えているものを取り上げているので、素人のリストよりもよほど信頼が置けるだろう。

また、こういう本を読んだだけで古典を読んだ気になるのはたしかに害悪だ。しかし、本書のように執筆者に一定水準の信頼性があるのならば、その解説を読んでおくことは読まないよりもずっとマシだ。

そして私が考える本書最大の売りは、内容の概説だけではなくそれがもたらした影響まで述べている点だ。学問的なインパクトというのは一般の読書人が当該本を読んだだけでは知ることができない事柄であり、とても興味深い。

本書のお陰で、次に読みたい本が多数見つかったし、自分一人ではとても手を出そうと思わなかったであろう書物にであることが出来た。こういう良質のブックガイドは何時の時代も需要があると思う。

【歴史系新書関連記事】
⇒ 『ピラミッドの謎』吉村作治

『ピラミッドの謎』吉村作治 読書感想

吉村作治『ピラミッドの謎』を読了しました。本書は岩波ジュニア新書の中の一冊ですね。

ピラミッドと言うよりも古代エジプト全般についての簡単な解説書といった感じです。

もちろん、ピラミッドの謎を理解するためには当時の社会についてしっかり理解しておく必要があるので、こういう構成の本になったのは必然だったのでしょう。

私自身としては、古代エジプトについて興味をもったときに予備知識なく読める本を探していたので、ニーズに合っていて想像以上に良かったです。

「『ピラミッドの謎』吉村作治 読書感想」の続きを読む…

安西徹雄『英文読解術』

安西徹雄といえば、英文学者としてかなり名前の知られた人で、上智大学の名誉教授。最近では光文社古典新訳文庫のシェイクスピアの翻訳が話題になっていた。なんといっても、演劇集団 円に参加してシェイクスピア作品を訳出・上演しているだけに、この翻訳にはとても価値がある。

そんな安西徹雄による英語読解練習のための本がこれ。

英文読解術 (ちくま学芸文庫)
英文読解術 (ちくま学芸文庫)

本書は数ページの短い英文と、それの解説および全訳で構成されている。構文の読解、翻訳のポイントなどが解説されており、難しい単語や熟語には註釈がついている。著者も書いているように、電車の中で気軽に読める本だといえる。

細かいニュアンスなども説明してくれているので、より緻密な読解の練習をしたい人には良いかもしれない。

ちなみに、もともと新書で出された本なのだが、今はちくま学芸文庫に収録されている模様。読みやすさを考えると、文庫版のほうがおすすめかも。

『日本の思想』丸山眞男 読書感想

丸山眞男『日本の思想』を読了。

岩波新書を代表する名著であり、現在も大学で読まれ続けているあたりがすごい。

日本の思想 (岩波新書)
日本の思想 (岩波新書)

posted with amazlet at 18.10.27
岩波書店 (2015-12-03)
売り上げランキング: 35,823

実は丸山眞男を読むのはこれが初めてだったりする。毀誉褒貶の激しい人だから、ついつい敬遠してしまっていたのだが、知人に勧められて読んでみたところ、その分析の鋭さに驚嘆させられた。刊行後50年もの月日が流れているにもかかわらず、いまだに版を重ねていることの理由がよくわかる。半世紀前の分析がいまだに一定の説得力を持っているというのは恐るべきことだ。

もっとも、半世紀が経過したのに『日本の思想』の分析から一歩も出ていない日本社会にこそ恐怖を覚えるべきかもしれないが。

「『日本の思想』丸山眞男 読書感想」の続きを読む…

『ことばと思考』今井むつみ

今井むつみ『ことばと思考』(岩波新書)を読み終わりました。認知心理学の成果をもとに、サピア=ウォーフの仮説の実証的検討を通じて言語と思考の関係を探った本です。
一貫した問題意識から叙述しているので、全体の構成が読み取りやすくなっています。様々な実験結果の紹介も、「なぜそれをここで紹介するのか」「その実験によって何がわかるのか」などがはっきりしており、とても読みやすいです。

ことばと思考 (岩波新書)
ことばと思考 (岩波新書)

個人的に面白かったのが、言語習得が子供の思考に及ぼす影響の話です。言語と思考の影響関係の検討となると、異なる言語話者における思考の違いばかりを考えていたのですが、たしかに子供の言語習得前後でどんな違いがあるのかに目を向けるのも同様に重要ですね。目からウロコが落ちました。

新書で読める認知心理学の入門書はいくつかあるかと思いますが、本書はその中でも屈指の良書だと思います。心理学や言語学に興味がある人のみならず、人間の思考そのものに関心がある人はぜひ読んでほしいです。

あと、個人的には、onの接触支持、inの包含という英語の語感や、日本語の「はめる」のピッタリフィット感など、意識していなかった言語的な違いが興味深かったです。こういう認知言語学的な情報が、学校教育の場面にいまいち浸透していないあたりに日本の英語教育の問題があると思います。

目次

序章 ことばから見る世界―言語と思考

第一章 言語は世界を切り分ける―その多様性
色の名前
モノの名前
人の動きを表す
モノを移動する
モノの場所を言う
ぴったりフィットか、ゆるゆるか
数の名前のつけ方

第二章 言語が異なれば、認識も異なるか
言語決定論、あるいはウォーフ仮説
名前の区別がなくても色は区別できるか
モノと物質
助数詞とモノの認識
文法のジェンダーと動物の性
右・左を使うと世界が逆転する
時間の認識
ウォーフ仮説は正しいか

第三章 言語の普遍性を探る
言語の普遍性
モノの名前のつけ方の普遍性
色の名前のつけ方の普遍性
動作の名前のつけ方の普遍性
普遍性と多様性、どちらが大きいか

第四章 子どもの思考はどう発達するか―ことばを学ぶなかで
言語がつくるカテゴリー
モノの名前を覚えると何が変わるのか
数の認識
ことばはモノ同士の関係の見方を変える
言語が人の認識にもたらすもの

第五章 ことばは認識にどう影響するか
言語情報は記憶を変える
言語が出来事の見方を変える
色の認識とことば
言語を介さない認識は可能か

終章 言語と思考―その関わり方の解明へ
結局、異なる言語の話者はわかりあえるのか
認識の違いを理解することの大事さ

あとがき

参考文献