『近現代ヨーロッパの思想 その全体像』(大修館書店)は、フランクリン・L・バウマーによる1600年から1950年までの4世紀に渡る包括的なヨーロッパ思想史です。翻訳書は1992年に出版されたものですが、原著は1977年出版です。既に40年近く経過しているわけです。とはいえ、内容的にはいまだに古びておらず、一読の価値があると思います。
まあ、思想史の本が古びることはよほどの学問的な変化がない限りは滅多に起こらない気もしますけど。
812ページにも及ぶ大著ですが、本書は近現代のヨーロッパ思想に興味がある人、概観したい人にとっては非常にためになる。概説書として非常に参考になる本です。
主要テーマは?
もちろん、このような包括的な著作で思想史のあらゆる分野のテーマを網羅するなど不可能です。どうしても選択と集中を行わなければなりません。さもなければヨーロッパの思想という遠大なトピックを読者にわずかなりとも理解させることは困難でしょう。メリハリを付けて手際よく解説しなければなりません。
では本書はどういうテーマを選んだのか?
本書は西洋思想を貫く5つの大テーマが存在すると主張します。すなわち「神」「自然」「人間」「社会」「歴史」です。これらの5つのテーマを軸に、4世紀にも渡る思想史を連続性のあるものとして記述していきます。さらに「存在」と「生成」という軸を設定し、存在から生成へという流れを思想史から読み取っていますこれは面白い視座です。
ところで、思想史をあまり知らない方からすると、どうしても「神」というテーマが中心となって存在していることに違和感を覚えるかもしれません。特に理性と啓蒙の時代である近代に入ってもそのテーマが生き残っていることに不思議な感覚を覚えるかもしれません。日本人の我々からしてみると、非常に違和感のある概念です。しかし少しでも西洋思想をかじっている人であれば、近代はおろか20世紀に入っても「神」というトピックがヨーロッパの思想の中にたしかな位置を占めているとご存知だと思います。西欧思想にとって神という概念は避けて通れないトピックなのですね。
本書の特徴は?
この本の特徴は、著者であるバウマーの並外れた学識にあります。
彼は取り上げたほとんどの文献を1次文献で精読・分析しているのです。日本人研究者にありがちな二次文献の引用で労を省こうとする態度とは対照的な、学問的に誠実で信頼出来る態度を貫いていると思います。これは大変時間と根気が必要な作業であって、誰にでもできることではありません。
たしかに日本人研究者と比べて、言語的に近い位置にいるわけですから、その労力は相対的に低いかもしれません。とはいえ、複数の言語を駆使して原典にあたるのは、たとえ似た言語の話者であったとしても困難だったことでしょう。そもそも我々にしても、古典や漢文を読んで内容を把握してまとめ直すというのは大変な作業でしょう。まして哲学や思想についてのテキストです。とても簡単な作業だとは言えません。それをやり遂げているのですから、著者には賛辞を送りたい。きちんと一次文献に当たっているからこそ、本書はこの分野に興味がある人にとって有益だと言えるのです。
また、取り上げている文献が哲学や思想に限らないことも好ましく思えます。思想そのものを対象として取り上げたテキストだけでなく、政治家や芸術家、宗教家の言説も取り上げているからです。こういう手法は本当に好感が持てます。