『狂気と王権』(講談社学術文庫)を読了。知人に勧められて初めて井上章一の本を読んだのだが、圧倒的に面白かった。
講談社学術文庫はとっつきにくい内容の専門的な本が多数収録されているが、本書は比較的専門知識を持たない人が読んでも、十分にその面白さを味わえる稀有な一冊だと思う。
井上章一の仕事はたいへん興味深く面白い。『評論家入門』などで井上章一の仕事が高く評価されていたのも納得できる。
最初に述べたように、私は本書から井上章一の著作を読み始めたのだが、いずれも刺激的な論考が多くて、素人でも楽しめるものばかりだった。
だが、中でも本書は(テーマが私の興味関心事である「精神障害」「刑罰」「犯罪」「政治」に関係していることもあるだろうが)、特に興味深い。これぞ日本版フーコーのアルケオロジーだなという感じ。
本書は、精神医学の歴史と近代天皇制の関わりを、鮮やかに描き出している。あとがきで著者自身も書いているように、それぞれの分野の先行研究は豊富にあるので、オリジナルの証拠資料というものはあまりない。また詰められなかった論点や資料が少なく想像でしかない部分もある。その意味では、完全に学問的な著作とはいえないだろう。
しかし、先行研究などの引用元を明示し、想像にすぎない部分はその旨注意喚起するなど、一般向け書籍の範囲内で実証性に留意している。学術論文ほどの厳密性こそなくても、日本における天皇制と精神医学の相互作用を明らかにするという本書の目的は、十分に達成されたといえるだろう。
そして、新たな資料がないにもかかわらず、これだけ興味深くておもしろい分析を提示できるのだから、私はむしろ著者の力量を感じた。
概念に内在するポリティクスを暴く試みの成功例として、大いに参考にすべき著作だと思う。
あと、個人的に、昭和天皇の「心配」の内容についての記述にはたいへん納得した。たしかに「摂政」という補助線を引くと、昭和天皇が本当にそういう心配をしていた可能性は有りそうだなと思う。これは本書を読まなければ一生気づかずにいた視点かもしれない。