羽地亮訳のウィトゲンシュタイン『原因と結果:哲学』(晃洋書房)を読了。本書は本邦初訳のテキストだとのこと。
翻訳者は羽地亮先生。この方は京都大学に「ウィトゲンシュタインにおける心と言語の哲学」という博士論文を提出しているウィトゲンシュタインの研究者。調べてみたところ、翻訳も含めて著書はこれが初のようだ。他に「ウィトゲンシュタインの哲学観」という小論も書かれており、これはウェブ上で読める。
『原因と結果:哲学』の特徴とは?
本書の際立った特徴としては訳注、がとても充実している事が挙げられる。ほとんどの指示代名詞に翻訳者の考える指示対象が注記されているうえ、適宜全体の議論を整理してくれたりしている。
そのため、最低限の予備知識があれば、通読は容易だと思う。知識不足による理解度の問題がクリアされるので、門外漢でも取っ付き易く読みやすい。
『原因と結果:哲学』の価値とは?
この羽地亮訳『原因と結果:哲学』の価値は、ウィトゲンシュタインの因果性の分析そのものにあるのではないと思う。
というのも、現代的な因果性の分析からすると不満が残る内容だと思うからだ。もちろん、これは因果性の哲学の観点からのコメントであり、ウィトゲンシュタインが因果性についてどう考えていたのかを知る手がかりになる、という意味では有益だが。
私が思うに、本書の価値は、その議論の仕方と詳細な訳注を通じて、彼の後期哲学の基本概念(「言語ゲーム」や「生の形式」など)を体得できる事にあると思う。『原因と結果:哲学』では、例によってウィトゲンシュタイン特有の、自問自答のようなスタイルで哲学実践がなされている。すると似たような構造の議論を繰り返し見ることになるわけだ。これはウィトゲンシュタインの思考法に馴染む上で最適だと思われる。
その意味で、本書の翻訳は訳注を含めてうまくやっていると評価したい。もっとも、翻訳を原文と照合することはしていないので、訳文の正確性については評価できないが、読みやすさはダントツだ。羽地亮先生には、ぜひこのスタイルでウィトゲンシュタインの他のテキストについても翻訳していってほしいと思う。
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『原因と結果:哲学』の記事を書いた後の話
さて、期待していた羽地亮先生の翻訳はその後まったくでてきません。残念ながら、翻訳者である羽地亮が論文の盗用事件を起こしてしまったことが原因だと思われます。もちろんその事件自体は本書の翻訳と直接の関係はありません。ただ、そういう学問的に大きな汚点を残してしまった方の著作が、今後出版されるのかどうかは未知数だと言わざるを得ません。
こういう丁寧な翻訳書だったらもっと読みたいなと思っていただけに、今後羽地亮の翻訳が出そうにない状況は痛恨の極みです。
それにしても、今現在羽地亮先生はまだ大学教員をしているのでしょうか。私が読んだニュース記事だと、処分は停職3ヶ月だけだったので、何事もなかったかのように復帰したのでしょうか。それとも依願退職したのでしょうか。
論文盗用事件後に彼が何をしているのか、非常に気になるところです。ウェブ上で翻訳活動を続けるなり、何かしらの哲学に係る活動を続けていて欲しいなと思います。
大学教員としてやっていけるだけの学識のある人物なわけですから、インターネット上で匿名で活動してくれるだけでも、日本の哲学界隈としては有益だと思うのですが。
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