光文社古典新訳文庫の安西徹雄訳『ヴェニスの商人』を読み終えた。恥ずかしながら、シェイクスピアのこの有名作を読むのはこれが初めてだったりする。
法学入門などの題材にも用いられるなど、この作品はあらすじがあまりにも有名なので、逆に読むのを後回しにしてしまっていたのだが、新訳があったので意を決して読んでみた。すると、思いのほか面白かった。
光文社
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なんとなくシャイロックがやり込められる裁判場面ばかり想像していたのだが、この物語の魅力はそれだけにとどまらない。気の利いた台詞や辛辣な皮肉は引用したくなるのもわかるし、シャイロックに関しても当時のユダヤ人の社会的状況が垣間見えて興味深い。シャイロックについていうなら、イメージだけで血の通わない悪人かと思っていたが、作品を読んでみると実に人間らしい感じがしてむしろ好感が持てた。
さらに個人的に気になったのは、裁判の場面でも契約の履行を求めるシャイロックの主張が、むしろ正義にかなっていると考えられていることだ。今の日本民法だったら、むしろ正義に適わないとして公序良俗違反などで無効になりそうなものだが、作中で問題になっていたのは「正義」の有無ではない。むしろ、正義を行わんとしているのはシャイロックの方であり、周囲はそれに対してキリスト教的な「慈悲」を促しているという構図だ。
ここで「正義」とは、まさに法に従うことそのものだと理解されている。「正義」は法を制約する原理ではないということだ。かわりに法を制限しようとしているのは、正義の外側にあるキリスト教的な「慈悲」だとされている。これは当時のヨーロッパに共通する考えだったのか、それとも特殊イングランド的な考えだったのか、あるいはヴェネツィア特有のものだったのか、はたまた全くの創造なのか、大変興味深い。多様な読み方を許容するこの作品、さすが古典だと感心させられた。
安西徹雄による翻訳もこなれていてとても良い。日本語として特に違和感を感じないというのは相当苦労したと思う。シェイクスピアを読んだことがない人にこそおすすめしたい。
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