「天皇」号の成立時期については、長らく争いがあった。すなわち、「推古朝成立説」と「天武朝成立説」だ。
いち日本人としては天皇という呼称がいつ成立したのかということについて、以前から興味があったのだが、先日読んだ本にこの問題について以下の様な興味深い指摘がなされていた。
丙寅年(天智五、六六六年)の野中寺弥勒菩薩像銘文に見える「天皇」は、近年この銘文全体の信頼性が高まったことにより、疑問視する必要はなくなっている。つまり〈天武朝成立説〉はおそらく無理であって、天皇号は天智朝までに成立していた可能性が高いのである。
・吉川真司『シリーズ日本古代史3 飛鳥の都』(岩波新書)より
これが学会の通説になっているのかどうかはわからないが、どうも天武朝成立説は無理筋になっているらしい。もちろん、だからといって推古朝成立説だと断言できるわけでもなかろうが、相対的にはこちらの方が有利になっているようだ。
このシリーズ日本古代史は考古学的な成果を多数取り入れた記述が多いのだが、従来の論争の構図に影響を与えるこういう一文を見るとその有効性がよく分かる。