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コンテンツの質の高さは集客キーワードによるターゲット限定との総合で決まる

テーブルの上に置かれたSEOと書かれたブロック

PC内のテキストファイルを整理していたら、2013年頃に書いた下書き記事が出てきました。ちょうどGoogleのアップデートによって、世間で「コンテンツこそ重要だ」「量産型アフィリエイトは悪だ」という意識が強くなってきた頃に書いたものです。

結論だけ言えば、コンテンツの質なんてのは「ユーザーの検索意図とのマッチ=集客キーワードによる適切なターゲット限定を抜きには語れない」「ならば、量産せずにすべてのニーズを満たすのは不可能だろ」という話です。

いまでも通用しそうな内容だったので、とりあえずアップしておきます。

現状の問題点

世間では量産型アフィリエイトは悪だと考える人が増えているようです。猫も杓子もコンテンツで、記事書き方がどうこういう話が氾濫しています。まさに粗製乱造で、「質の高い記事の書き方」コンテンツによる検索エンジンスパムのようです。

そもそも量産が悪だと考えている人は思考が浅いです。量産が悪なのならば、世の中に存在するサイト数が少ないほど良いことになります。理想的なウェブとはすべての情報が揃う単一サイトということになります。これは馬鹿げていますね。

問題なのは「量」ではなく「質」です。

量産がしばしば批判されるのは、ゴミみたいな内容のブログばかりが氾濫しているからです。そのせいで求めている情報にたどり着けなくなっているからユーザーに批判されるのです。

ユーザーは、求めている情報がピンポイントで掲載されているサイトならば、それを無価値だと考えません。むしろ素晴らしいサイトだと考えることでしょう。そしてそういう素晴らしいサイトが増えればいいと願うはずです。

ここに量産に対する一つの答えがありますね。

「質」を伴ったサイトを量産するのであれば、それはむしろ推奨されてしかるべきだということです。

「質」の高いコンテンツとはなにか?

じゃあ「質」の高いコンテンツとは何でしょうか?

既に書いたように、それはユーザーの求めている情報をピンポイントに提供してくれるかどうかです。

つまり、同じ情報を提供していても、訪問ユーザーがそれを求めているかどうかによって「質」が高いか否かが変わってくるのです。

コンテンツの質の高さは、そのユーザーが求めている情報を提供できるかどうかによって相対的に決まるのです。よく使われる言葉だと、「検索意図とマッチしているかどうか」が全てなのです。

それこそが「質の高いコンテンツ」の定義だといえます。

コンテンツの質を高める方法

言い換えれば、その情報を求めているユーザーだけを集客できれば、その情報は「質」の高いものだと評価されます

そう、実はウェブサイトのコンテンツにおける「質」の高さとは、必要な人だけにアプローチできるかどうかという集客の視点と表裏一体の概念なのです。

サイト運営者の視点からすれば、コンテンツの内容に満足してくれそうなユーザーだけを集客することこそが、コンテンツの質を高める方法なのです。

具体的には、記事タイトルによってターゲットを絞ることが、そのままコンテンツの質を高めることなのです。

記事の内容を反映しながら、なおかつユーザーの検索キーワードに現れない検索意図をうまく汲み取れる「記事タイトル」を付けること。これがコンテンツの質を高める方法です。

コンテンツの質というと、やたらと記事内容ばかり気にする人がいます。しかしどんなにいい記事を書いても、タイトルでユーザーを絞りながら適切に集客できなければ、そのコンテンツの質は低いのです。

ターゲットを絞るとなると、1つのサイトだけで多くのユーザーを満足させることはできません。さもなければ、ターゲッティングが失敗しており、コンテンツの質が低いと評価されてることにつながります。

(あるいは、すべての日本語話者だとか、人類全体に普遍的に合致する内容ならばありうるかもしれません。宗教は死生観などの普遍的コンテンツを扱ってますし、その意味では質が高いのかもしれませんね。集客方法が強引だと質の低いカルト宗教になりますが。)

ですから、1人でも多くのユーザーを満足させるためには、ターゲットを絞った=質の高いサイトを、ターゲットをずらして複数展開することが必要になります。

すなわち「質」の高いサイトの量産です。

これは少々極端な議論に思われるかもしれません。きちんとターゲットを選定し、そのターゲットに喜ばれるような具体性の高い記事を書いていれば、ターゲット以外の人からも反応を得られる濃いコンテンツができるからです。

とすれば、質の高い記事なら1記事であっても多くのニーズを満足させられるのではないかと考える人がいてもおかしくありません。

しかし、そういう記事を一番喜ぶのはドンピシャで当てはまるターゲットなのは明らかです。他の人からの反応も取れるのは副次的な効果に過ぎません。

アフィリエイトを開始したばかりで、サイトへの集客がうまくいかずに悩んでいる人がいたとします。その人が集客方法を検索したところ、「集客に躓いているブロガー必見!あなたのサイトにアクセスをもたらす10の秘訣」という記事が出てきました(記事タイトルは適当です)。

この場合、記事のターゲットはガチのアフィリエイターではなく普通のブロガーです。しかしおそらくこの初心者アフィリエイターはこの記事に興味を持ちますね。

ところが、ここに「アフィリエイター必見!成約が取れるアクセスを大量に集める3つの秘訣」という記事があったとします。おそらく上記の例の初心者アフィリエイターは、こちらの記事の方がより気になるはずです。

アクセスの質を考慮しないブロガー向けの集客テクニックよりも、成約率を引き上げて大量の報酬をもたらしてくれるであろうアフィリエイター向けの集客テクニックの方がニーズにあっているからです。

つまり、ターゲットを細分化した記事は多少ずれていても有益だけど、ターゲットがドンピシャの記事がいちばん有益なのです。

こんなの当たり前ですよね。

であるならば、ターゲットごとに「質」の高い記事を量産するほうが有益なのは自明の理ですね。

「量産が悪である」という命題は偽である

このように「量産が悪である」という命題は、端的に言って間違っています。論じるべきなのは、量産という「数」ではなく、コンテンツの「質」なのです。

「量産は悪だ」と信じて1つのサイトに注力している人がいるとします。だからといって、その人のサイトは必ずしもコンテンツの質が高いとは限りませんよね。ターゲットのことを考えずに、需要のない記事を書き続けているなら全くの無意味です。

ブロガーでもいたりしますね。需要のない記事ばかり書いている割に、量産を否定している人とか。ナンセンスですね。

そもそも数と質が反比例するのなら、最強のコンテンツはペラサイトになります。ブログではありません。すべての情報を1ページに集約するのが最強ということになります。

「記事をたくさん書くなんてナンセンス!一筆入魂だ!」

こんな考えが正しいことになります。

冗談みたいですが、論理的にはそうなります。これが極端に思えるならば、実はその人が持っている信念は「量産が悪だ」という命題ではなく、もっと別の言語化されていない命題を含んだものなのです。人はメタ認知が苦手だという科学的事実に合致していますね。

「質の高い記事は量産できない」という反論があるかもしれません。しかしすでに書いたように、サイト単位で量産することとブログの記事単位で量産することに本質的な違いはありません。

ペラサイト1枚ですべてが事足りる世界に住んでいるのならともかく、そうでないなら「質」の問題を「量」の問題にすり替えて語ることはできないのです。

そもそもガチで稼いでいるアフィリエイターのサイトを見てみると、ほとんどのコンテンツは並のブロガーに書けないほど質が高いです。質の高い=ターゲットの需要にマッチしたコンテンツを量産しているからこそ、彼らは大きく稼げているわけです。そうでなければ誰もアフィリエイターのサイトから購入したりしませんよ。

まとめ

コンテンツの質の高さはユーザーの検索意図とマッチしているか否かで決まる。

コンテンツの質を高めるには、ターゲットユーザーを限定するためのキーワード戦略の視点が欠かせない。

質を高めるならターゲットを細分化せざるを得ないので、多くのユーザーを満足させるためには量産が必須。

サイト量産とコンテンツの質の低さは別の概念なので、「量産は悪」と主張する人は概念的に混乱している。

 

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